ほぼ日刊フロクロ新聞

フロクロブログ。

言葉遊びと言葉収集#1「偽対義語①前編」

「ほほ日刊」なのに早くも記事が停滞し始めて、ピンチ。過去の言葉いじりを蒸し返してお茶を濁す。

 

「偽対義語」とは、一見対義語に見える無関係な2語である。(命名:自分)

何かもっと説明を加えたいが、今日はそんな気力もないため中身を貼って終わりにしたい。許してくりゃれ。

 

 

海路⇔リクルート

ブラックバスシラバス

漢文⇔カナブン

まるだいず⇔かくだいず

大漁旗ショウリョウバッタ

はえある⇔あぶない

猛反対⇔弱酸性

ショートケーキ⇔長期不況

ヤキトリ⇔ナマステ

工業化⇔脳下垂体

超大陸胃潰瘍

アウトサイダー⇔飲酒

ラインスタンプ⇔ら抜き言葉

ガルパン⇔超次元

アンビグラム研究#2『地と海と』

2語によるアンビグラムを考えるとき、やはり対になる概念のペアを探すことが多い。文字の向きを反対にすると意味も反対になる、というのは構造上うつくしい。

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「海」の対概念は「陸」「山」「川」などがあるけれど、上の画像(2015年7月の作)は「海」と「地」をペアにしている。画数も近くて作りやすそうだ、と思いきや、海と地を「氵+毎」「土+也」と考えると、右側にある「毎」と「也」が似ているため180°回転がむずかしい。よって、もっと大きなスケールで捉える必要が出てくる。画像の海/地は字画を切ったり余分に繋げたりして融通している。

 

 

海と地でもいいけれど、やはり一文字だけだと寂しいもの。なにか膨らませようとしていたところ、ひらめいた。

 


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真ん中に元から点対称の「中」を入れることで、地中海が完成した。「地」と「海」が対概念で、真ん中に「中」。

 

こう見ると地中海もうつくしいものだ。「ナポリを観てから死ね」と言いたくなる気持ちもわかる。わからん。 

福井健策『著作権とは何か』を読んだ。

徹夜で麻雀やっていて気がついたら朝になっていたので、昨日のブログは書けなかった。むねん。今日は2つ書く。まだ始めたばかりでペースが掴めていないのだ。

 

最近、著作権絡みで周りの人と話すことがままある。具体的なテーマは「二次創作とその無断転載は根本的には同じなのではないか?(二次創作も原作の盗用という点では同じなのではないか?)」や「テレビの画面をスクショしてツイートするのは著作権侵害じゃないのか?」など。しかし、前提知識、著作権法に関する知識が無いと話が進まない。

 

そこで、福井健策『著作権とは何か』(集英社新書)を読んだ。著作権法に関する基礎的な知識から始まり、様々な判例を通して著作権のアウトラインが掴める一冊。

 

著者は著作権法の存在意義について、「自分の創作物について勝手に真似されたり利用されないのは当然だから著作権があるのだ」という「自然権論」の考え方の他に、こんなことを言っている。

 

" ところが、もうひとつ見逃せない存在理由が著作権にはあるのですね。その目的は、著作権法自体の冒頭、第一条に記載されています。

 

この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。(著作権法第一条)

 

「文化の発展に寄与すること」が目的だと謳っています。つまり、著作権法とは文化振興法なのです。人々がよい作品を作りやすい環境を整える、われわらの社会で芸術文化がいきいきと息づくための土台を作る――そのために著作権法は存在しているのです。"(P112〜113)

 

著作権法は比較的若い法律で、「法律としては欠陥品とさえいいたくなるほど」ときに曖昧模糊としている。だからこそ、「著作権法によって何を達成したいのか」という視点が欠かせないという。

 

面白かった部分をいくつか紹介する。

 

"では、いったいどういう手続きをとれば、著作権は守られるようになるのでしょうか。答は、「何もいらない」です。なんの手続きも必要なく、ただ作品を創造すれば、その瞬間から著作権はほぼ全世界で保護されるようになります。"(P64)

 

ベルヌ条約という著作権保護の国際的な条約に日本やアメリカなどは加盟しており、世界のほとんどの国では著作権表示(©xxxxみたいなの)がなくても創造した瞬間に著作権は保護されるルールになっている。

 

 

 "ドラクエやFFは著作物ですから、これらは莫大な収入源になりますが、その根底にあるロール・プレイングという基本アイディアを思いついた人がいたとしても、それだけでは一円の印税も入ってきません。なぜなら、アイディアは原則として誰でも自由に使えるからです。アイディアは著作物ではないから、それを思いつた人が独占することはできません。"(P35)

 

「アイディアは著作権で保護されない」という原則。スマホゲーでパ○ドラやモ○ストの類似品がたくさん出ているが、(おそらく)ゲームのシステムは「アイディア」なので著作権は適用できない、ということなのだろう。著作権法の目的はの「文化振興」であるから、具体的な表現はダメでも、アイディアはどんどん参考にして再生産しよう、というわけだ。

 

2次創作についても面白い記述がある。

"この場合、借りられている「名前」「性格」「基本設定」というものは、一般的には、どれも著作物ではないといわれています。実際、日本の裁判所は「キャラクターというもの自体は著作物ではない」という判断を示したこともあります。そこで、研究者のなかには「だから他人の小説のキャラクターだけを借りてきて、別なストーリーの小説を書くのは著作権侵害ではない。著作物を使ってないのだから」という有力な意見があります。"(P48)

なんと、キャラクターの名前や設定はパクっても法では裁けないのだ!ただし、これはビジュアルイメージの無いキャラクターの話であって、漫画のキャラクターのイメージが絡むと話しは別であるのに注意。

 

本書は、具体的な判例と、その裁判の経過の例がとても面白い。法律は、イメージとは裏腹に意外と人間的だ、ということも感じた。

アンビグラム研究#1「喫茶店」

去年の10月頃に「喫茶店」を180°回転でアンビグラムにできないか?と思い、ザックリ紙に書いたあとでスマホに描画した。それがこれ。


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三角形で描いているので尖ったデザイン。個人的にはけっこう読めるのだけれど、友人に「読める?」と聞いたら、読めなかった。喫茶店だと言っていろいろ説明しても読めなかったので、完全に実力不足だ。「喫」を「茶店」に変換する過程での「店」の口以外の処理や「茶」の真ん中「∧」にあたる部分を喫のどこに見出すかが課題だった。「喫」と「茶店」を比べると、「茶店」の方が画が多くて、余る。完全に袋小路にぶち当たって、以降ずっと諦めていた。

 

先日Twitterアンビグラムのお題を募ったところ、「珈琲」を頂いて、「じゃあ喫茶店をサルベージしようか」とリテイクしたところ、意外にも上手くいった。


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「店」の口以外のパーツは細画でごまかし、「茶」の処理もかなり変更。こういうゴツ目のアンビグラムは、うまくハマった時の「これだァーーーーーッ!」という快感がたまらない。やみつきになる。それこそが、カタカナよりも漢字のアンビグラムが好きな所以でもある。この複雑さと省略/崩しの駆け引きがたまらない。

 

珍しくアンビグラム本体以外の見せ方にも凝ってみた。背景はフリーの写真素材を使用。ラテアートをイメージしてコーヒーに合成してみた。テーブルの反対側にいる人にも読めるという寸法。

 

あ!そういえば、奇しくも今日4月13日は「喫茶店の日」なんだそう。1888年のこの日、日本初のコーヒー専門店「可否茶館」が開店したことにちなむそうで。書きながらフト思い出した(全くの偶然)。

 

今日の夜はコーヒーでも飲んでゆったりしようかしら。あ、自分コーヒー飲むと寝れなくなるんだった。

アイデア&デザインメモ#1「OKストアのショッピングカート」

先日スーパーマーケットのOKストアに行ったところ、買い物カゴが写真のようになっていた。


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重ねられた状態のカートが鎖でいくつも繋がっており、100円を入れるとカートが外れ使えるようになる。その100円は再び元の位置に戻して鎖を繋げば返ってくる。

 

さて、この装置は一体何のためについているのか。考えてみよう……て、簡単か。

 

 

おそらくこのスーパーではカートをちゃんと元の位置に戻さず、通路上に放置したりする人が多かったのだろう。事前に100円を人質(モノ質か)に取り、キチンと返さないと100円も返ってこないようにすることで、カートの秩序を保ったのだ。とてもうまいやり口。

 

この方法は、昔近所のお祭りで売っていたラムネを思い出す。リサイクルのためにラムネ瓶を回収するのだが、瓶を返すと50円が帰ってくるのだ。事前に値段を50円上乗せするだけだが、これで回収効率は100%に近くなるに違いない。

結構応用の効きそうなアイデアでした。

北岡孝義『スウェーデンはなぜ強いのか』を読んだ。

北岡孝義『スウェーデンはなぜ強いのか』(PHP新書)を読んだ。

 

「税金が高い」「福祉の国」「男女平等」「ノーベル賞」などのイメージが持たれがちな北欧の国スウェーデン。日本から遠いため馴染みは薄いが、IKEAH&Mなどのスウェーデン企業は日本でも成功している。充実した福祉に対する国民の満足度は高く、また、国民は政府を大いに信頼し、国民の政治意識も非常に高いという。この本ではそんなスウェーデンの「強さ」の根底にあるものを、政治、経済、文化、歴史、自然などの切り口を通して読み解いていく。

序盤の「はしがき」にかなり過不足なくまとまってるので、そこを読めば概略はつかめる。以下「はしがき」をベースに(というかパクって)備忘録的に概要を。

 

福祉を始めとする今日のスウェーデンの諸状況を読み解くには、スウェーデンの戦後の経済成長が鍵となるという。

第2次大戦に参戦していないスウェーデンは戦後ヨーロッパの復興需要の受け皿となり、高度成長を経験した。その経済成長を支える労働力として期待されたのが女性である。政府は女性の就労促進政策をとり、保育園・託児所の設置や育休・育児手当に関する法整備で女性就業率は急上昇した(これらの政策は、当時の政権与党たる社民党の「男女平等」の理念にも合致した)。

しかし、政府の促進による急激な女性就業率の上昇で、父親が外で働き母親が家を守るという「伝統的な家族のあり方」は崩壊し、社会は不安定化、自殺率・離婚率・犯罪率は上昇した。そこでスウェーデン政府は「国民の家」の理念を掲げ、子育ては親ではなく国が責任をもつとして様々な福祉政策に着手した。また「伝統的な家庭」の崩壊は子供の自立を促し、個性の強い大人へと成長する。こうして男女平等、人権・個性の尊重、自立心の強さは、スウェーデンの国民性として定着していく。

「個性の尊重」は企業戦略にも用いられ、商品の多様性と低価格で成功したIKEAH&Mはその好例だ。スウェーデンIKEAでは「フラット・パック」と呼ばれる、家具をパーツごとに販売し客はそれらを選んで組み立てる販売方式があるが、これは価格コストを抑えながら、顧客は個性を発揮できる仕組みになっている。

 

スウェーデンにおける政府と国民の関係は「相互信頼」がベースとなっている。スウェーデンの選挙では、政党はマニフェストを示すだけでなく国民との討論会や対話集会を行い、「相互信頼」を形成する。国民の政治意識も高く、4年に1度の国政選挙の投票率は常に80%を超える。また、スウェーデン発祥のオンブズマン制度は政治的中率を保ちながら国営で行われ、政治の透明性・情報公開は世界一と言える。国会議員の国費を使った活動には1クローナ(約12円)といえども領収書の提出が求められることは、スウェーデンの情報公開の徹底ぶりを象徴している。

 

著者は最後に、日本が福祉大国スウェーデンから学ぶべきは、その個々の具体的な福祉政策ではなく、福祉政策をうまく機能させているスウェーデンの制度や政治に対する信頼である、と結んでいる。