ほぼ不定期フロクロ新聞

フロクロブログ。

「カードに適当な単語を書いて架空のことわざを作りまくるゲーム」をした。

こんにちは。フロクロです。

 

夏ですね。

 

夏休みに突入して暇な人、そんなのお構いなしに忙しい人、色々な夏を過ごしているとは思いますが、まぁ言うても暇ですよね。

 

そんなあなたに、今日は先日開発した2人用ゲームを紹介したいと思います。

 

その名も、「カードに適当な単語を書いて架空のことわざを作りまくるゲーム」(略称:KTTKKKTゲーム)。

 

ルールはシンプル。

  1. ひとりが架空のことわざの「上の句(「急がば」みたいな)」を考えて、カードに書く。
  2. もうひとりは「下の句(「棒に当たる」とか)」を考えて書く。
  3. いっせーのでそれを連結して架空のことわざを爆誕させる。

これだけ。ことわざが爆誕したらそのことわざの意味と例文を考えます。

用意するものは百均の「情報カード」とえんぴつだけです。 

 

暑さで頭がおかしくなりながら考えたこのゲームを実際に知人(M@tsi)と2人で遊んでみたので、その様子をお見せしましょう。

 

続きを読む

「詩」というものがずっと何なのかわからなかった。

私は、ずっと「詩」というものが何なのかわからなかった。が、先日、ある出来事をきっかけに「詩」というものの本質が少しだけわかったような気がしたので、ここにそれをメモしておこうと思う。

 

 


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「詩」とは一体何なのか。

 

小説はストーリーがあるからわかりやすい。
論説は伝えたい意見があるからわかりやすい。

 

では、「詩」は何が目的なのか。

 

大抵の「詩」には明確な起承転結は無いし、何か主義主張があるわけでもなさそうだ。

 

そうなるとどんな切り口でこれを読んでいけばいいのかわからない。


「詩をどう楽しめばいいかわからん。」
これは私の中に昔から居座っていた悩みのひとつだった。

 

しかし、その悩みはある出来事を機に解消されていった。

 

 

 

それはとある友人と中華料理屋に行ったときのこと。


席に座って、メニューを見て料理を注文する。しばらくすると料理が運ばれてくる。そこまでは何もない。
しかし、彼は運ばれてきた料理(刀削麺か何か)を口にするや否や、「いや〜」と切り出し、そしてその料理の味をあらゆる言葉を尽くして自分に伝えてくるのだ(それもめっちゃ幸せそうに)。


彼の口から出る言葉は調味料や食材の名前のような具体的な単語から、その食べ物がもたらした気持ちの変化、果ては自分の過去の食体験談まで幅広く、彼はそれらの言葉を使ってその食体験を自分に伝えようとした。いわば「食レポ」なのだけれど、テレビで見る食レポよりも遥かに高解像度な表現だったし、自分も食べたような気分になった。(今振り返ると、彼の食レポは「詩的」だった。)

 

そこでふと、「味」を伝える、ということについて考えた。

 

料理の「味」というものはレシピによっておおよそ決まっているが、たとえ口頭でレシピを完璧に伝えても「味」という感覚は全く伝わってこない(クックパッドとか見てても、美味しそうか判断するのはレシピの中身より写真や味の感想だ)。
「感覚を引き起こすもの」について詳細に書くよりも、むしろ言葉によって「相手が過去に触れた感覚」を引き出せるような表現を使うことが「感覚の伝達」には必要なのだ、とそこで初めて気が付いたのである。

 

そして、中華料理屋での彼は、言葉を使い、自らが感じた感覚を高い解像度で相手に伝えることに長けていたのだ。

 


この「言葉による感覚の伝達ゲーム」はなかなか面白い!と思い、自分も何かぽっと内側に湧いて出た感覚を頑張って言葉にしてみることにした。

それが5月末にTwitterに投げた下の文章である。

 

 

で、この文章を書き上げてみたら、驚いたことにこれが今まで見てきた「詩」にめっちゃ似ているのである。感覚を文字起こししただけなのに。

そして実際に自分以外からも「詩的」とか「詩人にでもなるの?」とかの感想が飛んできて、ここではっとした。

 

「もしや、詩というのは、『言葉を媒介に、自分の感覚をできる限り高い解像度で伝達するゲーム』なんじゃないか」

 

これは目からウロコの発見だった。

 

人は未だ感覚というものを直接共有する手段を持っていない。同じケーキを食べても感じている甘さの度合いは違うかもしれないし、同じ夕焼けを見ていてもお互い違った色に見えているかもしれない。

 

自分の感覚を取り出して直接共有することができない以上、感覚の共有には何か「人と人の間を取り持つもの」、すなわち「媒体(media)」が必要になる。
そして、この媒体として言葉を用いたものが「詩」なのではないだろうか。

 

ということは、逆に感覚伝達の媒体に言葉以外のものを用いることもできる。
媒体を「視覚情報」にすれば「抽象画」だし、媒体を「音」にすれば「叙情音楽」のようなものになる。詩の意味を見つけたことで芸術全体の見え方が変わってきたのを感じた。

 


もちろん詩の役割は他にもあるだろうし、これが詩の唯一のあり方とも思わないけれども、この「感覚の伝達」という機能はかなり重要なウエイトを占めているのではないか。

 

 

というわけで、友人の食レポをきっかけに、「詩とはなにか」について考える機会を得たのであった。

とりあえず詩を鑑賞する視点をやっと手に入れたので、今まで通り過ぎてきた数々の詩たちに再び会いに行きたいと思う。

花粉症の腹いせにスギの悪事を徹底的に暴くブログ

こんちには。フロクロです。

 

もう4月も半ばですが、未だにアレに苦しめられています。

そう。

 

スギ花粉症。

 

ポカポカ陽気になったかと思ったら途端に鼻水が止まらなくなり、目が真っ赤になり、夜はうなされ、膝関節を痛め、財布を落とす。もう散々である。
そもそも私は物心ついたときから花粉症であり、春になるとティッシュと共に幼稚園に登校していた。花粉症の無い人生はもう思い返すことも出来ないのだ。

 

 

 

許せない。私にはスギが許せない。

 

 

 

というか、そもそもなぜスギばかりなのか。

 

私の住む千葉は春になると至るところに菜の花が生えてくるが、「菜の花花粉症」など聞いたことがない。菜の花も花粉出すのに。
富良野の人はラベンダー花粉症になってもおかしくないし、オランダの人はみんなチューリップ花粉症でも変じゃない。が、そんなことはない。

 

ということは、何らかの理由でスギが人間に、他の植物とは違ったような嫌がらせをしているに違いない。

 

 

今日はスギがいかに攻撃的で極悪な植物であるかを白日の下に晒していきたいと思う。見てろ!

 

 

【この記事のアウトライン】

①数に物言わす生殖戦略【風媒花】

②植えられ見捨てられたスギたち【植林事業の遺産】

③スギが変わったのではない、人間が変わったのだ。【排気ガス寄生虫

 

 

①数に物言わす生殖戦略【風媒花】

 

まず、そもそも菜の花やチューリップはなぜ色鮮やかな花つけているのか。
それは、虫に花粉を運ぶのを手伝ってもらうため、彼らにアピールしているからだ。キレイな花をつけたり、いい匂いがしたり、蜜を出したりする植物の多くがこの方法で受粉を行っており、これらは「虫媒花」と呼ばれる。虫に蜜や花粉を与える代わりに受粉を手伝ってもらうWin-Winの関係を築いている、というワケだ。

 

一方、スギやヒノキ、イチョウ、マツなどはご存知の通りキレイな花もつけず蜜も出さない。では彼らはどのように花粉を運んでいるのか。
それは、

 

風。

 

ひたすら風に花粉を乗せ続けるのが彼らの生存戦略なのである。虫媒花は虫が花から花へ運んでくれるため花粉の量もセーブでるが、スギなどの「風媒花」は風という意思無き存在に花粉を任せるので、確実に受粉するためにとにかく大量の花粉を出さねばならない。なんとも非効率的!!!
さらに花粉も遠くまで飛びやすい構造になっているため、近所に杉林がなくとも花粉ははるばる飛んでくる始末。最悪や

 

この原始的で工夫の無いシステムが我々を苦しめているのである。いやぁ、許せん!!

 

 

 

いや、でも、そしたらイチョウやマツの花粉症をあまり聞かないのはなぜだ??彼らもキレイな花をつけない風媒花である。ならば花粉症の原因になってもおかしくはない。そうだろ?

 

 

これは多分、スギやヒノキの性格がことさらに悪いに違いない。

 

 

 

②植えられ見捨てられたスギたち【植林事業の遺産】

 

イチョウやマツの花粉症が無くてスギやヒノキの花粉症が多い理由は、至極単純、ずばりスギやヒノキの本数が多いから。じゃあなぜ多いのか。

 

戦後日本は、国土復興のため木材として利用しやすいスギやヒノキの植林を大規模に進めた。この戦後の拡大造林により国土の4分の1(!)が人工林になり、そのうち4割(!)が杉林になったというから驚きだ。
しかし、その後安価な外国産木材の流入により国内の林業はみるみる衰退。起伏の多い日本の林は機械化も難しく、林道の整備の遅れや高齢化も相まってせっかく植えた人工の杉林は切られないまま放置され現在に至っている……。
結果、その無責任に放置された杉林が毎年花粉を出し続け、人間共を苦しめているのだ。

 

 

 

ってアレ、これは人間が悪いやん…………

 

 

いやいや、でも杉林は植林の前からいくらでもある。なにせスギは日本の固有種なのだ。なのに、スギ花粉症が取り沙汰されたのは最近になってからで、花粉症患者第一号が報告されたのは1963年である。
なぜ、それまでもスギはあったのにスギ花粉症は存在しなかった、あるいは目立たなかったのだろうか

 

 

 

スギが突然人間に反旗を翻し、攻撃的になったんじゃないの??

 

 

 

③スギが変わったのではない、人間が変わったのだ。【排気ガス寄生虫

 

スギが多く生えているのは山奥など農村部、にもかかわらず、スギ花粉症の発症率が多いのはスギ林から距離のある都市部だ。全国的に見ても、スギの密度が高い紀伊半島・四国・九州よりも首都圏のほうが花粉症発症率が高い

 

この奇妙な現象はなぜ起きるのか。

 

その原因は「大気汚染」にある、という調査結果がある。ディーゼルエンジンの排ガスに含まれる微粒子が花粉と結合することで花粉症の症状が助長されるというのだ。
実際、花粉症が初めて発見された栃木県の日光には500年前から杉林が存在し、春先には東照宮の廊下が花粉で黄色くなる(おそろしい)ほどであった。にもかかわらず、1960年より前から花粉症になっていた人はごく僅かで、ほとんどがそれ以後に発症している。この1960年代というのはディーゼル車の増加が始まった頃である。

実験結果もこれを示していて、マウスに花粉を注射しても花粉症を引き起こすIgE抗体は産出されなかったが、ディーゼル排ガスの粒子と一緒に注射するとIgEの産出量が明らかに高くなったというのだ。(マウスも気の毒である。)

 

 

更に、スギ花粉症の原因に衛生環境の変化も関係している。

 

戦後間もないころの日本では、多くの人が体内に寄生虫(特に回虫)を飼っていた。しかし戦後衛生環境の改。善や堆肥から農薬への転換などによって、それらの寄生虫は人間の体内にはほとんど居なくなり、なんとそれが花粉症を引き起こしたと言うのだ。このメカニズムはここで説明するにはやや複雑なので、最後に示す藤田紘一郎先生の『笑うカイチュウ』を参照頂きたい。

ざっくり言うと、現代人は花粉を吸い込むと"花粉に反応してアレルギーを起こす(花粉に特異的な)IgE抗体"を作り出すのだが、回虫が体内にいると花粉に反応しない(アレルギー反応を示さない)IgE抗体が産出され、逆に花粉を吸い込んでも花粉に特異的なIgE抗体は産出されなくなる、という仕組み。ややこいね。

 


ということで、結局のところ「花粉症」という現代病を引き起こした根本的な原因は、戦後の大規模な植林無責任な放置、そして経済成長に伴う人間の生活環境の急速な変化なのである!!!!!

 

 

 

…………

 

 

 

………これスギあんま悪くないじゃん………悪いの人間じゃん。

 

 

 


…………ごめんな。


ヘクチッ

 

 

【参考文献】


有岡 利幸 『杉〈1〉 (ものと人間の文化史) 』

杉の全てが分かる本。全2巻で、11章のうちの最後の章が花粉症に割り当てられている。

杉〈1〉 (ものと人間の文化史)

杉〈1〉 (ものと人間の文化史)

 

 

 

 

白井裕子『森林の崩壊』

日本の林業の負の歴史が詳細に書いてある本。②で参考。

森林の崩壊―国土をめぐる負の連鎖 (新潮新書)

森林の崩壊―国土をめぐる負の連鎖 (新潮新書)

 

 

 藤田紘一郎『笑うカイチュウ』

名著。寄生虫という今となっては馴染みの薄い生き物に関する驚きと新鮮に溢れた一冊。寄生虫を飼っていると花粉症にならない……!!

笑うカイチュウ (講談社文庫)

笑うカイチュウ (講談社文庫)

 

 

 

 

漫画村閉鎖!?代わりの読み放題サイト4選!!

こんにちは。フロクロです。

 

今日、無料で漫画が読めるサイト漫画村が閉鎖し、「サイトが見れない!」と話題になりました。
今まで漫画村で暇をつぶしてたのに……という人も多いと思います。

 

そこで、今回は漫画村終了後も使える無料で様々なコンテンツが読めるサイトを4つ紹介したいと思います!

 

※注意:海外のサイトを含みます。

 

 

1.OpenStax

openstax.org


米ライス大学が設立した、主に大学レベルの教科書を無料で提供しているサービス。物理学、経済学、心理学など様々な科目の教科書が用意されており、そして全てピア・レビュー(※査読。研究者同士で内容を検討すること。)済みなので内容も保証されています。それが全て無料!
ウェブ上での閲覧の他、PDFやkindle版もあり、印刷されたものもAmazonで格安で手に入ります。紙派にもうれしいですね。


英語で書かれた教科書は、日本語のものと比べて解説が丁寧で読みやすいものも多いです。空いた時間に好きな学問を深めてみるのも良いでしょう!

 

 

2.Google Scholar

https://scholar.google.co.jp


Googleが提供する、世界中の論文や学術誌が検索できるサービス。海外のものだけでなく日本語論文も検索できます。
学術論文は無料で閲覧できるものもあり、もし大学に所属している人なら大学からアクセスすれば有料資料も見放題、という場合もあります。

論文検索なら https://ci.nii.ac.jp など他にもいくつかサイトがあるので併せて活用すると良いでしょう。


暇つぶしに適当なワードを検索窓に突っ込んで、「いろんなこと究めてる人がいるんだな」と学問の深遠さに思いを馳せるのもよいのではないでしょうか。

 

使い方を短く解説してくれた記事がありました。Google Scholar、便利ですね。みんなで巨人の肩に乗って遠くを見わたしましょう!

卒論書くなら知っておきたい「Google Scholar」とその使い方 | NOW TO THE FUTURE

 


3.Stanford Encyclopedia of Philosophy(スタンフォード哲学百科事典)

Stanford Encyclopedia of Philosophy


無料で閲覧可能な哲学のオンライン百科事典です。
スタンフォード大学が運営しており、それぞれの記事は各分野の専門家により執筆されています。Wikipediaなどと違い、これらの記事も先ほど同様ピア・レビュー(査読)された上で掲載されているので安心です。


通常の百科事典と異なり、ウェブ上のものは紙面スペースの制約が無いため記事のボリュームも満点。飽くまで人類の積み重ねた思想たちと向き合えます!!

 

 

4.Biography.com

www.biography.com

 

歴史上の人物から現在活躍中の俳優まで、さまざまな人物の伝記を取り扱ったサイトです。

Wikipediaでは得られないようなストーリーや事績も載っているので、読み物としても面白いものになっています。最近の人だとドナルド・トランプマーク・ザッカーバーグエド・シーランなんかも載っていて、古いところだクレオパトラマリア様なんかの記事もあります!

 

通学などの暇な時間に気になった有名人の生涯を追体験してみるのも悪くないでしょう。

 

 

 


いかがでしたでしょうか!

英語のサイトが中心になってしまいましたが、それだけ英語圏には高品質で充実した無料のサイトが多いということです。

このように、漫画村が無くとも優良な”読み放題”サイトは数多く存在します。

是非色んなサイトを試してみて、教養を深めてください。

 

 

じゃあな!!!!!!

 

 

 

Principles of Economics (English Edition)

Principles of Economics (English Edition)

 

 

Principles of Economics 2e

Principles of Economics 2e

  • 作者: Timothy Taylor,Steven A Greenlaw,David Shapiro
  • 出版社/メーカー: 12th Media Services
  • 発売日: 2017/10/12
  • メディア: ペーパーバック
  • この商品を含むブログを見る
 

 

 

 

 

アンビグラムの作り方 基礎編#1「アンビグラムを作ってみよう」

※この記事は去年の一連のツイート「アンビグラムをつくる」のこってり版です。忙しい方はツイートの方をご覧ください。

※18.10.28 大幅に加筆修正しました。

 

こんにちは。アンビグラム作家のフロクロです。

 

突然ですが皆さんはアンビグラムというものをご存知でしょうか。

まぁ「アンビグラム 作成 [検索]」とかでここにたどり着いた人はご存知かもしれませんが、一応説明しておくと、「回転させたり、鏡写しにするなどした2通りの方法で読むことができる文字アート」のことですね。

 

例えば拙作「バケツを引っくり返したような雨」は、「雨」という漢字をひっくり返すとカタカナの「バケツ」になります。読めますでしょうか。

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さて、この記事はアンビグラム」の作り方を解説したものです。 

アンビグラムは「なんか特殊なセンスのある人しか作れないんじゃないの」などと思われがちですが、実際は観察力と粘り強さがあれば、案外誰にでも作れちゃうものなのです。

というわけで、以下で私がアンビグラムをどんなふうに作ってるかを紹介していこうと思います。

 

完成までの主な手順

【Step0】アンビグラムの種類を知る
【Step1】単語を探す
【Step2】対応付け

 

(私の他の作品はpixivに置いてあります。ぜひ。)

 

【Step0】アンビグラムの種類を知る

 

アンビグラムを作る前に、まずアンビグラムにどんな種類があるのかを知っておくことが重要です。アンビグラムはひっくり返すだけではありません。90度回転、鏡写し、図地反転etc……

 

この記事でアンビグラムの種類をすべて紹介すると長くなってしまうため、こちらの記事にまとめました。

2969.hatenablog.com

アンビグラムについてまだ良く知らない方は、ぜひこちらからお読みください。アンビグラムの名作と合わせてその手法を紹介しています。

 

さて、アンビグラムの種類を知ることがなぜ重要かというと、それは一つの単語に対して様々な見方ができるようになり、アンビグラムが完成する確率が上がるからにほかなりません。

 

例えば、「虹色」という熟語は180度回転では作りづらいですが、「虹」を90度倒して「色」にする、というタイプで作るとピタッとハマります(下図)。

 

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いろいろな手法を知っておくことで、一つの言葉にも様々な可能性が見えてくるのです。
アンビグラムの種類が一通りわかったら、いよいよ制作スタートです。


【Step1】単語を探す

アンビグラム制作で行う最初の工程は「素材となる単語を探す」ことにほかなりません。

 

「この単語はひっくり返したらうまくいきそうだな」「これ鏡写しでアンビグラムにできないかなぁ」と、先ほどの「アンビグラムの種類」を意識しつつアンテナを張りめぐらせて言葉を観察しまくるのです。

 

しかし、いきなり「言葉を観察しろ」なんて言われても難しい。
そこで、一体どんな言葉が「アンビグラムの素質がある単語」なのかを見ていきたいと思います。

 

アンビグラムの素質

以下からはわかりやすくするため、180度回して同じ文字になる点対称アンビグラムに話を絞って進めていきます。


単語にはアンビグラムの素質」があるものとないものがあります。素質が抜群に備わっている単語は楽にアンビグラムが作れて、逆に素質のあまりない単語は作るのがめちゃくちゃ大変になります。

 

素質のある単語の代表例が「道具」です。横書きだと分かりづらいですが、縦書きにしてちょっといじくると……



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ホラ!!!もうこれアンビグラムでしょ!!

このようにもとの単語を殆ど崩さずに成立するアンビグラムは「発見的作品」とか「自然アンビグラム」とか呼ばれます。が、流石にここまで素質ある単語はそれほど多くありません。

 

素質のあるなしは字の「密度」と関係します。

例えば「一」をひっくり返すと「鬱」になるアンビグラム作ろうと思ったら、これは字画の密度の差がありすぎて大変ですね。無理ですね。

 

一方で「予」をひっくり返すと「告」、「昭」をひっくり返すと「和」、とかなら二文字の密度が近く、文字の構造もちょっと似てるので比較的アンビグラムにしやすそうです。
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実際に作ってみるとこんな感じです。

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 ↑『予告』 180度点対称

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↑『昭和』 180度点対称

 

どれが「アンビグラムの素質」がある単語なのかは、いろんな作品を見たり、手元で実際に文字をいじっているとだんだん掴めると思います。


【Step2】対応付け


単語を決めたら、実際にアンビグラムを形にしていく作業です。「道具」のようにほとんどいじる必要が無い場合は別ですが、大抵のばあい文字と文字が同じ形になるよう整える作業が必要です。私はこの作業を「対応付け」と呼んでいます。
ここでは具体例を交えて対応付けのやり方を見ていきましょう。

 

【例1 『アイスクリーム』】

1.とりあえず書く

まずはカタカナの作例。「アイスクリーム」の180度点対称を作ってみましょう。


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とりあえず紙に「アイスクリーム」の文字を書いてみます。紙をぐるぐる回しながら逆さ文字を並べて書いてみて、見比べましょう(ヨコ書きとタテ書きどちらも試すのが大事)。

 

2.似てるところを探す

逆さ文字と通常文字で似てる部分が無いか探します。すると、オッ、タテ書きのときに「ア」と「ーム」がピタッとハマりそうじゃないか!!
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3.余りを抜き出して見比べる

「ア……ーム」が済んだので残りの「イスクリ」を抜き出して、また見比べてみます。

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これはもう1文字ずつ対応付けしてけば良さそうですね。紙を回しながらたくさん書きまくって、適当に中間を探りましょう。

 

4.清書
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最後の作業。手書きなりパソコンなりで対応付けができたアンビグラムを清書します。フリーソフトinkscapeとかAdobeイラレとかを使うといいと思います、が、ここはタイポグラフィの領域なのでここでは省き、別の機会に譲りたいと思います。

 

もう1つ、今度は漢字の作例を見ましょう。

 

【例2 お題:「妖怪」】

今度は単語とアンビグラムのタイプを決めるところからやりましょう。前にTwitterでお題を募集したときに「妖怪」というものを頂いたので、今回は妖怪の名前で作ってみたいと思います。

 

1.たくさんの単語を観察して、題材を探す

アンビグラムを作るにはまず素材となる単語が必要なので、探しに行きましょう。

今回はテーマが「妖怪」なので、Wikipediaの妖怪一覧から探そうと思います。

日本の妖怪一覧 - Wikipedia

このページ、なんかすげぇ詳しいな……

この中から字の密度が近い(かつ自分が知っている)妖怪を探します。

猫娘」「般若」「貧乏神」「物の怪」あたりは字ごとの密度が近そうです。

紙で軽く書いてみた結果、「猫娘」や「物の怪」はキツそうなので「般若」で頑張ってみることにします。

 

2.とりあえず書く

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アンビグラムは常に手元の紙に書くところからスタートします。

とりあえず180度回転と90度回転で般若を書いてみました。

すると、オッ、なんか90度回転のときので囲った部分が何となく似てませんか?

似てないって?似てなくても、歩み寄れば和解できそう、くらいの近しさを感じはしないでしょうか。というわけで今回は「般若」で90度回転アンビグラムを作っていくことにします。

 

3.共通した字画を探して、寄せる

 

ここからはお待ちかね、対応付けの作業です。今回はやや険しい戦いを強いられそうな予感がします。

まぁとりあえず白い紙を用意して書いてみましょう。

漢字でアンビグラムを作るときは、私はまず題材の漢字をくずし字で書いてみることにしています。何故かというと、文字を崩して書いてみることで「どの字画が含まれていれば”その字”と認識できるのか」、すなわち「文字の限界」を探ることができるからです。これについては次回くわしく書きます。

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「般」と、90度倒して「若」をくずし字で書いてみました。汚いですが、「般」も「若」もギリギリ読めます。これを参考にしながら、2文字の間を取っていきましょう。

ここからはひたすら根性。2つの文字がバランスよく成立するポイントを模索しまくります。

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アイスクリーム同様紙を回しながら、妥協点を探ります(下に行くほど後に書いたもの)。すると、最終的にはそこそこ「般」と「若」が同居してそうな字画が現れました。

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同じ画像を90度回すとこんな感じ。葛藤の歴史です。

もうひと押しブラッシュアップして完成を目指しましょう。

をつけたものをもう一度書き直してみます。

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読める読める。

いい感じですね。ちなみにこのときにテクニックとして、「般」と「若」に共通する字画(線)は太く、余ってる字画はひかえめに描いています。これについても次回くわしく書きます。

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4.清書

最後にイラレに上の写真を取り込んみ、清書して完成。

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『般若』90度回転。

読めますかね。わりと読めそうですね。良かった~。

これを更に骨組みとしてタイポグラフィ的な装飾を加えるとこんな感じです。

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この最後の装飾の工程については、やはりアンビグラムとは別の話になるので別の機会に話します。

 

――――――――――――

 

さて、以上がアンビグラム制作のざっくりとした流れでしたが、いかがでしょうか。アンビグラムというのが「謎の直感が天から降りてきて閃く」ようなものではなく、地道な作業の集まりによって完成するものだということがお分かりいただけたでしょうか。

 

最後に、これを読んで「さっそくなんか作ってみたい!」と思った方にひとつ宿題を出したいと思います。

「雑誌」で180°回転アンビグラムを作ってみてください。対応付けの練習です!

 

(完成したものはぜひ、Twitterハッシュタグ「#アンビグラム講座」をつけて投稿してください。)

 

今回はこれまで。次回は対応付けについて詳しくお話します。

「アンビグラム」って何?

こんにちは。アンビグラム作りが趣味のフロクロです。

突然ですが、皆さんこの「アンビグラム」というモノをご存知でしょうか。

最近ちょくちょくネットで話題になるので知ってる方もいるかもしれませんね。アンビグラムを知らない方は、スマホタブレットなどの"回せるデバイス"でこの記事を読んでいただけると幸いです。

今回はこのアンビグラムとは一体何なのかを、分類や作品の紹介を交えてつらつら書いていきたいと思います。

 

 

アンビグラムの定義と分類、具体例】

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上にある文字、読めるでしょうか。

 

「すみません」ですね。

 

実はこの文字列、180度回しても読めるのです。スマホを回したりして確認してみてください。(上のは拙作です)

そして、このような作品は「アンビグラム」と呼ばれており、これを大雑把に定義すると「2通りの方法で読むことができる文字図案」を指します。

定義だけだとよくわかりませんね。アンビグラムのバリエーションを分類しつつ、以下でアンビグラム作家の方々による具体的な作例を見ていきましょう。

 

①180度回転型

 一番有名でオーソドックスなタイプ。上の拙作「すみません」もこのタイプです。

ひっくり返しても同じ語になるモノと、別の語に変化するものがあります。

https://image-sign.tumblr.com/post/161308892613/逆転-意瞑字査印-アンビグラム-さかさ字

image-sign.tumblr.com

意瞑字査印さん作の「逆転」。逆転しても逆転のまま、という自己言及の利いた作品です。

 

https://image-sign.tumblr.com/post/161308744693/たぬきそば-きつねうどん-意瞑字査印-image-typography-sign

image-sign.tumblr.com

同じく意瞑字査印さんの「きつねうどん/たぬきそば」。ひっくり返すと入れ替わります。名作ですね。

 

②90度回転型

くるっと回るだけでなく、倒すと別の言葉、別の字になるタイプもあります。

 

ambigram-lab.tumblr.com

 igatoxinさんの『倒/起』。これも自己言及を含んだ名作です。

 

 

http://ambigram-lab.tumblr.com/post/158588949366/trumpetトランペット-90度回転変換によるアンビグラム

ambigram-lab.tumblr.com

 

kawaharさんの『TRUMPET/トランペット』はアルファベットを90°回すとカタカナになるというもの。見事です。

 

 

③鏡像型

 読んで字の如く「鏡写し」にすることで別の字が現れるタイプです。

 

ambigram-lab.tumblr.com

igatoxinさんの『送信/受信』。絶妙なデザインによって見事な可読性を保っています。

 

www.pixiv.net

鏡画家さんの『梅花』は、一見普通の文字に見えますがよく見ると斜めに線対称になっています。45°傾けて見るとわかるかもしれません。

 

④振動型

 「2つの文字を揺れ動く」ので振動型。回したり写したりせずに、2通りの文字が見えてくるタイプです。

 

 igatoxinさんの『妹/姉』は、見ていると2つの文字の間を揺れ動きのどちらなのかわからなくなります。

 

⑤図地反転型

有名な「ルビンの壷」の文字バージョン。2つの文字がパズルのピースのようにピタッとはまるタイプです。


igatoxinさんによる『深淵』。「深」を反転し白黒逆にすると「淵」になります。非常に美しい作品です。

 

http://ambigram-lab.tumblr.com/post/161268767241/生死-図と地反転のアンビグラム

ambigram-lab.tumblr.com

oyadge01さんの『生死』。これも無駄がなく美しいです。

 

 ロボットさんの『洞窟物語』は2文字の図地反転。スゴイですね。

 

 

 

他にもありますが、とりあえずはこのくらいにします。日本語アンビグラムには他にもまだまだたくさん名作傑作がありますので、ぜひ調べてみてください!

 

 

追って加筆修正します。

 

 

 

『君の名は。』を「言葉」の観点から考察する。

去年やや遅れて『君の名は。』を見て、衝撃を受けました。
何に衝撃だったかといえば、確かに絵も綺麗でストーリーも良かったんですが、何より「言葉」を大切にしていることがヒシヒシと感じられたのです。日本語が複雑に絡み合う織物の如き作品ですよ、これは。

というわけで、今日地上波で改めて見ながら、去年鑑賞して受けた衝撃を以下に(雑に)まとめました。

ただし以下に書いてあることは全部ワタシの憶測です。それでもよいならどうぞ。

あと、ネタバレ大いに含みます。念のため。

 

 

【この記事のアウトライン】

①『君の名は。』と「境界」……独特なドアの描写に始まる『君の名は。』のキーポイント。

②糸と「むすぶ」【赤い糸とそのメタファー】……組紐、彗星、神楽、へその緒、様々な形を取って現れる赤い糸。

③水と「むすぶ」【何故口噛み酒で入れ替わりが起こるのか】……水をすくい取る意味の「掬ぶ(むすぶ)」が三葉と瀧をつなぐ。

④奇数と「むすぶ」【偶数と「別れ」】……入れ替わりがあるのは三葉と一葉。そして死を暗示する四ツ谷。

 

 

①『君の名は。』と「境界」

 

君の名は。』の物語前半には、部屋の引き戸や電車のドアが画面の奥に向かって開くという特徴的な場面切り替えが多用されています。なぜこんな描写が使われているのか。
ズバリ、この物語の主題の一つは「境界」なのです。

まず冒頭には「たそがれ時(かれたそ/かはたれ時)」という言葉が登場し、「昼でも夜でもない時間」「人の輪郭がぼやけて、彼が誰か分からなくなる時間」と説明されています。
これはまず、たそがれ時が「人の境界を曖昧にするもの」であるということで、物語の主要なテーマ、「入れ替わり(自分と他人の境界が曖昧になる)」を象徴しています。
また、たそがれ時は「昼と夜の境界」であり、最後の瀧くんと三葉との出会いは夕暮れ(「カタワレ時だ」)に起こっています。(「カタワレ」は、「かはたれ」の糸守の方言とされている。彗星の「片割れ」や二人がずっとバラバラだった様子を彷彿とさせます。)
舞台設定も、9月から10月にかかっており、これは、秋、つまり「夏と冬」の境界です(昼と夜の境界である夕方に対応)。
また入れ替わりは「過去と未来」の境界をつなぎ、「都市と地方」の境界をつなぐものとしても描かれているのです。

 

(余談ですが、これらの設定、実はある作品と非常に似てるんですね。芥川龍之介の『羅生門』です。この作品も「境界」を扱う作品なんですよ。

羅生門の書き出しはこうです。

「ある日の暮れ方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。」

舞台は洛中と洛外を隔てる羅生門(都市と地方の境界)、時間は夕暮れ(朝と夜の境界)。季節は蟋蟀が鳴くことから秋(夏と冬の境界)だとわかります。雨止みを待つ下人は仕事をクビにされ生死の狭間(生と死の境界)を彷徨い、生きるために決断をする。
ほら、設定めっちゃ似てませんか(雨の後に遭遇があるし(後述))。多少参考にしてるんじゃないかと疑っていますがそのへんは謎です。)

物語の後半には、扉が奥に閉じる描写が2回登場し、どちらも三葉の死の直前に出てくる。ドアが開く場面展開が「境界を繋ぐ(入れ替わり)」のを表すのに対して、閉じる場面展開は「境界を閉ざす(三葉の死)」のを表していると感じます。

 

(18.01.04追記)

作中には「境界」を結ぶものが様々な形を取って登場します。「扉」や「川(③で詳述)」もそのひとつなわけですが、他にも「橋(一方ともう一方を結ぶ)」「階段(上と下を結ぶ)」「電車(場所と場所を結ぶ)」が2人を「結ぶ」ものとして描かれていますね。「電車」は隕石落下の前日、東京に来た三葉が瀧くんと出会う場所。「歩道橋」と「階段」は終盤で2人が出会う場所です。敢えて境界を繋ぐ場所を選んで出会わせているのでしょう。(ラストシーンで三葉が階段の上、瀧くんが下に位置しているのは、時間のねじれを結んでいる、という感じもします。)

 

季節と時間帯についてもう一歩考察すると、「春」と「朝」は「結びの始まり」「秋」と「夕暮れ」は「結びの終わり」、そして「冬」「夜」は「別れ」を表していると考えるとピタッとハマるんじゃないでしょうか。2人の入れ替わりは必ず朝に始まり、昼の間は続き、夜に終わります(寝てる間に想う相手のところへ行く、という構図が「夢の通い路」のオマージュなのは言わずもがな)。糸守で瀧くんと三葉が出会う場面は夕暮れですが、日が沈むと同時に2人は別れてしまいます。そして「秋」に2人は出会い、その秋が終わると入れ替わりも終わってしまう、というワケですね。そうしたら出会いの「春」はどこに行ってしまったのか、となりますが、これは時間がねじれて、出会いの始点である春が5年後に繋がったと考えると自然でしょうか。(桜の季節に東京で2人は再開します。出会いと別れがねじれて先に別れが訪れたことで、この再開はずっと続くんじゃないか、という感じもします。)

 

 

②糸と「むすぶ」【赤い糸とそのメタファー】

 

この物語のもうひとつ大事なキーワードは「むすぶ」で、劇中にも複数回「むすぶ(ムスビ)」というワードが出てきます。
「むすぶ」と言って真っ先に浮かぶのが「糸」で、物語の中でも「糸(あるいは紐)」、特に赤い糸や赤い紐が重要な役割を果たしています。
まず三葉が瀧くんに渡した赤い組紐が「赤い糸」であり「二人を結ぶもの」、そして赤い尾を引く彗星の片割れも「赤い糸」を象徴し、物語前半の神楽も「赤い糸」「赤い彗星」を表現しています。口噛み酒も赤い糸で封されてましたね。さらに物語後半に三葉の生涯を追憶するシーンがありますが、そこでもへその緒が赤い糸と結びつけて描かれていました。
三葉の祖母一葉も、「糸を繋げること」「人を繋げること」「時間が流れること」を「ムスビ」と表現していて、これらの「糸」の繋がりが主人公2人の繋がりを象徴していることを感じさせます。


(前半で三葉が中身の瀧くんが、奥寺先輩のスカートを縫ってあげるシーンがあります。あそこにも糸は登場しますが、ちゃんと赤じゃなくて緑の糸なんですね!瀧くんと奥寺先輩が結ばれないことを表しています。)

 


③水と「むすぶ」【何故口噛み酒で入れ替わりが起こるのか】

 

手元の漢字辞典を引くと、「むすぶ」という訓が与えられている漢字が2つあります。
ひとつは「結」、そしてもうひとつは「」です。
「掬」は「掬う(すくう)」という読みがより一般的ですが、「掬ぶ・掬う」はどちらも「容器を液体で満たす(「むすぶ」は特に両手を用いる場合に使う)」という意味、とあります。これは、三葉が口噛み酒を作る(口で噛んだ米を両手に吐き出す)場面や、瀧くんがその口噛み酒を容器に入れて口にする場面と見事に重なるではないですか。
一葉も「水でも、米でも、酒でも、なにかを体に入れる行いもまた、ムスビと言う」と言っており、これによって「口噛み酒によって2人がまた繋がる」ということを説明できます。
この場面以外にも水が「結び」の象徴としてたびたび登場しており、例えば宮水神社の御神体の周りの川は「あの世」と「この世」を結んでいます。また水で満たされた糸守の湖も「掬ぶ」を思わせます。
先程「赤い糸」の象徴と言った彗星は「ティアマト彗星」という名前がついていましたが、これの由来となったティアマトメソポタミア文明「海の女神」で、ここにも水が登場していますね。(このティアマトも海水と淡水の境界に住んでたとかなんとからしいですがこの辺は要調査。)
さらに2人の名前にもそれぞれ水が入っています(宮水の「水」、瀧の「氵」。)

水は流れるものでもあるので、「時の流れ」とも関係があるのでしょう。

(話がズレますが、少し名前の意味について考察してみます。瀧の「龍」は彗星を表してるんでしょうか。「立花」は花言葉が「追憶」なのがひっかかります。立花(橘)の花弁が5枚なのは「三葉」との対で後述の奇数と関係してるかもわかりません。)

 

(18.01.04追記)

君の名は。』では、他にも「水」が「結び」の装置として様々な場面で使われいます。

物語後半、瀧くんが糸守に来て三葉を探していると突然雨が降り始めます。その後で2人は出会う。雨→出会いの構図は一回ではありません。

物語の終盤、場所は冬(12月)の喫茶店。結婚を前にしたテッシーとサヤが瀧くんの隣で会話している場面がありますが、この時の天気も雨なのです。この2人の登場と外で降る雨が、来る春に瀧くんと三葉が出会うことを予感させる役割を果たしていると思います。

 

(三葉が初めて瀧の中に入ったときにも水を映したカットが何度も入りました(蛇口をひねる→水の溜まった食器→トイレ)。入れ替わりの直後に涙を流したり、糸守の絵を描く瀧くんが汗を流しペットボトルの水を飲んだりと、水が絡むそれっぽい描写はたくさんありますね。)

 

 

④奇数と「むすぶ」【偶数と「別れ」】

 

君の名は。』の中では、奇数と偶数がそれぞれ「結び」「別れ」の象徴として扱われています。
日本では偶数は2で割れるため「別れ(分かれ)」、奇数は割れないため「縁(結び)」に関係するとされますが、作中でもそれを反映した描写があるように感じます。
物語で入れ替わりの描写がある宮水家の人間は「葉」と「葉」ですが、どちらも奇数で「結び」を内包しています。
瀧くんが転んだ後の、三葉の生まれてからを追憶するような描写では、受精した胚(三葉)が2つから3つに分裂します。普通は倍々で4つに割れるはずですが、ここにも「3」という奇数へのこだわりが感じられます(形もちょうど三葉だし)。
また、瀧くんと奥寺先輩がデートの待ち合わせに選んだ場所は「四ツ谷」。「」は偶数であり、「」を暗示する数字です。そのデートの日に三葉の時間軸では隕石が落ち、三葉は死んでしまう。隕石が落ちる日の前日に三葉が瀧くんに会い、赤い組紐を渡し別れた駅も「四ツ谷」でした。
(「三葉の死」の前後と「主人公2人の出会い」以外のほぼ全ての場面で、主人公らが3人で行動しているのも気になります。)

 

(18.01.04追記)

「偶奇」を考えると、日付の設定にも必然性が見えてきます。先程「秋」も境界のひとつだと書きましたが、物語は秋の中でも「9月」に始まります。2人の出会いは奇数月(結び)に始まるんですね。そして、隕石の落下の日付が「104日」。偶数月であり、ここにも「4」が登場。別れと死を暗示します。無駄のない設定だと思いませんか!

ちなみに、終盤で5年後の奥寺先輩と瀧くんが合う場面、これも「10月4日」なんですね(場所も四ツ谷)。奥寺先輩は薬指にリングをはめ、別れを表現しています。

その後で場面は移って桜の舞う春に。「夏と冬の境界」の「秋」が「昼と夜の境界=夕暮れ」に対応すると考えると、「春」は「夜と昼の境界」、つまり「夜明け」に対応します。この描写が、まさに2人の出会いを予感させる仕組みになっているのですね。実際2人は朝に再開します。

 


とりあえず、考察/分析は以上です。全部合ってるとは言わずとも、いくらかは監督の意図したものだと考えて間違いないでしょう。

描写の見間違いとかあったら教えて下さい。